ギターを弾く目的なんてない
何か目標や目的があるからギターを弾く。ずっとそう思ってきた。
目標や目的はなにかっていうのはずっとわからないままだった。
目的がわからないから時々でギターを弾くのをやめる時期があったり、また握ってみたり、センスがないのにうざりして、でもやめられなったりを繰り返してきた。
今はまた毎日ギターを触っている。
僕は何か目的があってギターを弾いてるわけじゃない。それがこの1年くらいでわかった。
何かを達成するための手段としてギターがあるわけじゃなく、僕の生活のなかに普通にギターがある。
やめるとかやめないとか。センスがないからやらないとか。ギターとはそんな付き合い方じゃない。
ギターを弾くことで人に認められたいというおもいはある。人前で披露はする。
それが人に受け入れられなかったらやめるって考え方がこれまでの考え方だった。
人から認められなくてもいい。好きだからやる。聞きたくない人の耳に無理やり音を突っ込むようなやり方さえしなければ、人の反応は気にせずにずっとギターを弾き続けていく。
それでいいんだと、四十半ばで気づいた。
すこーーーーーしだけ、日々是好日ってことの意味がわかったかなと思う。