課題のためのババァ

口が悪くなって申し訳ない。

職場にいる仕事をしないババァに腹が立って仕方ない。

しゃべってばかりで作業をしない。

4,5時間程度のバイトだが半分は話をしている。

「この職場が今までで一番楽しい職場です。嫌な人はいないし。みんな優しいし」とぬかしやがる。

ババアよ、それは当然だ。

みんなが我慢してる、お前のことを。

みんなが食らっている、お前の仕事のしわ寄せを。

ババアよ、目を覚ませ。

残念ながら目が覚めないからこそのババァなのだ。

何が腹が立つって。

このババァと僕も含めた他の職場の人間の時給が同じなのだ。

あげく、「こんなにいい時給もいただいてきまい申し訳ない」とくる。

ざけんな、ババァ。

しかし情けない。

小さな職場だからこんな些細なことにイライラしてしまう。

人にとっては自分が生きている場所が全て。

小さかろうが、大きかろうが目の前の出来事に悩みを持って行かれる。

年齢やもらっている時給のことを考えるといまの職場を変わることは僕には難しい。

嫌だろうがなんだろうがそこでバイトをするしかない。

そのためにはこのババァのことを気にしなくなるしかないのだ。

なんとかしてあげたいと思う人以外の人には徹底的に無関心になるというのが今の僕の目標だ。

その目標をクリアすることがほんとに必要ならクリアすべき課題は必ず与えられる。

今がそう。

ババァを通して課題に取り組まされている。

だったらクリアしよう。

ババァの時給がみんなより低いなら納得できるとか、ババァが普通に仕事をしてくれさすれば何の問題も無いと考えてるうちはこの課題はクリアできない。

ババァがいくら給料を貰っていおうが、ババァが誰よりも仕事の手を抜こうが、ババァが誰よりも楽をしていようが、それによる被害を自分が被ろうが、そんなの関係ない。

とにかくババァ自体、存在自体に興味を持たないようにする。

無条件に無関心になる。

修行だ。 

 

路頭に迷わぬためにも

先日職場で愚痴をこぼしてしまった。

すると普段ガンガンに愚痴をこぼしまくってる若い子が(若いけど彼は正社員。つまり僕より立場は上)

「会社にはいろんな考えの人ががいる。相手の立場からするとまた違う意見になる。あくまで仕事をしてきているのであり、友だちを作りにきてるわけではない。だからとにかく我慢しなさい」

といったことを言ってきた。

そのアドバイス、全部普段のあなたにお返しします、と言いたかった。

アドバイスには何の意味もないし、失礼にあたるからこっちは我慢して愚痴を聞いあげているのに。

他人のことになると上から目線でアドバイスしてくる。

まいった。

これでわかったこと。

愚痴をこぼしたい気持ちがマックスのときに愚痴をこぼしても良い結果は生まれない。

こんなふうに普段は愚痴だらけの若者から説教をされてしまうだけ。

つまり、なめられるのだ。

小者扱いされるのだ。

もうひとつ再確認した。

アドバイスは、ほんとになんの役にも立たない。

「わかってるよそんなこと。わかってるけど納得できないから愚痴ってんだろ」

って思って終わり。

愚痴は非生産的だ。

その非生産的な愚痴に対するアドバイスも非生産的だ。

愚痴もアドバイスも時間の無駄。

「愚痴をこぼさない」

これも訓練して身につけるしかない。

愚痴をこぼすとなめられる。

小者扱いされはじめる。

その扱いにイラつく。

イラつきがたまるとキレる。

キレるとその場にいられなくなり仕事を失う。

そうして四十五歳、路頭に迷う。

となるので注意が必要だ。

ちなみに僕にアドバイスしてきた若い子が次の日

「上司は仕事をなんでも僕にふってくる。あぁ仕事なんてしたくない。する気にならない」

ってでっかい声で独りごちっていた。

普段ならのっかるとこだが、無視した。

感情移入の禁止

あいかわらず職場で愚痴ばかりこぼしている奴がいる。

そいつは自分が気持ちさえ決めたらその環境から簡単に抜け出せるのに変化を恐れて動こうとしない。

結局、今の環境が心地いいだけじゃねえか。

愚痴こぼして他人を巻き込むんじゃねえよ。

ほんとに嫌ならそこから動けよ、バカかお前は。

以前なら自分の価値観を押しつけるアドバイスを僕はしてしまっていた。

今はまったくそんな気にならない。

ほんとにまったく。

人はアドバイスなんて聞いてない。

アドバイスなんて届かないと知ったから。

これだけでも僕にとってはコペルニクス的転換くらいの心境の変化なのだ。

その上にもう一つ変わったことがある。

僕も居場所を失いたくない。

だからそいつとはうまいことやる。

この感覚だ。

以前は居場所よりも僕なりの正義感の方が大切だった。

自分なりの正義を貫けずに妥協するのは負けを意味する。

負けてその場にしがみついても人生は開けない。

正義感を貫けば目先の居場所は失っても次のステップの居場所が見つかる。

長い目で見れば勝つ。

そういう信念できた。

今は違う。

自分なりの正義感なんてとりあえずはいらない。

そんなものを貫くより、自分と自分の大切な人たちの生活が少しでも良いものになるために自分ができることをする方が重要だ。

僕が波風を立てて居場所を失えば大切な人たちにも影響がでる。

だから人とうまくやる術を身につけたいと思いはじめた。

そして日一日と確実にその感覚が身についている。

今まではくだらないことに感情を引っ張られすぎた。

そりゃあ毎日疲れる。

どうでもいいやつのことをけっこうな時間を割いて考えてきた。

どうでもいいやつのことは、どうでもいい。

この一言に尽きる。

自分の人生の責任は自分でとるしかない。

他人の人生の責任を僕がとる必要はない。

だったらどうでもいい他人のことなんて放っておけばいい。

当たり前だ。

あとは、どうでもいい人と、どうでもいい場に自分が置かれたとき、その場の会話とはまったく別のことを考えていても他の人にバレないテクニックを身につけたい。

言い方を変えたら、その場の話に感情移入を“まったく”せずにいられるテクニックを身につけたいということ。

興味ない話と場には感情移入しない。

これからの課題はしばらくこれでいこう。

我以外皆我師

アドバイスが有効だとは思わない。

ただ自分から相談をもちかけておいて相手がしてくれるアドバイスをいちいち否定する奴には今すぐいなくなってもらいたい。

話がすすまない。

時間の無駄だ。

アドバイスするやつも悪い。

否定されるとわかっていてアドバイスするなんて。

とにかく相談という形の愚痴で人の大切な時間を奪うな。

死ぬまでの貴重な時間を無駄にしている場合ではない。

だから僕は相談という形の愚痴を聞かされたときには、努めて愚痴を肯定するようにしている。

愚痴をこぼしてる姿がいかに惨めかわからせるためには、そいつの愚痴を大袈裟に肯定してやればいい。

愚痴に対して2割増しくらいにそいつの愚痴を言い換えて肯定して返してやる。

人から代弁されると客観的になれるので賢い奴なら自分がこぼしている愚痴のかっこ悪さに気づく。

バカな奴は賛同者を得たと思ってより愚痴が激しくなる。

そうなったら付き合いきれないから放っておく。

話がバカすぎて楽しい場合はもう少しのっかることもある。

ただ基本的には限界がきたらその場にいる他の誰かに任せる。

愚痴ばかりこぼしてたらなめられるんだな、結局。

みんな親身に相談にのってくれてるようにみせてるけど、「こいつはこの程度のことでグズグズ言う弱い奴なんだな。なめてよし」と内心では判断している。

愚痴は言う相手を間違えると自分のポジションを落とすことにしかならない。

愚痴をこぼすのは弱点をさらす行為なのだから。

愚痴に対するアドバイスを否定するのは弱点の克服方法を否定しているのであり、僕は弱点を克服する勇気も決意も持てないおこちゃまですと宣言しているのと同じ。

バカだ。

こういうバカが身近にいたおかげで、40歳過ぎても愚痴ばかりこぼしていた大バカ野郎の僕も愚痴のかっこ悪さに気づけた。

「 我以外皆我師」

吉川英治の残したこの言葉を僕は漫画の「空手バカ一代」で知った。

自分の不足を見せられるから怒るのだ。

相手も足らないかもしれないが、自分も足らない。

変えられるのは自分だけ。

変えるべきは自分だ。 

マス大山先生、ありがとうございます。

苦しいことがあったら腹筋を鍛えます。

1日10回寝る前に。

チェストー!!!

うまく死ねない

人のことをあれこれ考えるのが面倒くさくなってきた。

これまでは、そうしようと意識しないとできなかったけど、今はほんとにどうでもいいと思える瞬間が増えてきた。

人の生き方にとやかく言ってる暇も、権利も僕にはない。

他人の人生なんだから好きにしたらいい。

うまくいこうがいくまいがその人の責任だ。

僕もそうだ。

僕の人生だ。

他人にとやかく言われる筋合いはない。

ここがわかってから変わってきた。

僕は他人からあれこれ言われやすいタイプだった。

「それは間違っている」

「こうした方がいい」

ずっと誰かに言われ続けてきた。

それらのアドバイスには一理あると思い僕は耳を傾けた。

そうするとより一層言いやすくなるみたいで、アドバイスが増えてくる。

うっとうしくなるが自分で決める勇気もないから耳を傾けていた。

今は違う。

勇気が少し持てた。

自分で決めて、その責任を引き受けるという当たり前の気持ちが芽生えてきた。

自分で決められないかぎり、人生は誰かのせいになる。

誰かのせいになるから、誰かに怒り続けなくてはならない。

怒りを基本とした興味を他人に抱いてしまう原因はそこにあった。

自分で決める。

いつか死ぬんだから。

死ぬときはひとりだ。

甘えていたらうまく死ねないよ。

気づくの遅いけどね。

44歳だし。

うまく死にたいから、がんばる。

自分で決め、自分で拭け

他人のことを羨んでばかりいる奴がいる。

他人にはあるが自分にはないものに目が行く。

僕から見れば羨んでる奴だって、充分過ぎるほど持っている。

「あんたも充分持ってるよ」と言ってあげたところで意味はない。

持っていないと本人が思っている以上、本人にとってはそれが現実だ。

じゃあ他人を羨んでいる奴がまったく自分に自信がないのかというとちょっと違う。

強烈なプライドも持っている。

ここだけは負けていないとアピールしてくる分野はある。

じゃあそこにすがって生きたらいいのに、それはできない。

足りない不満から生まれたプライドは簡単に裏返ってネガティブな面をさらけ出す。

ほんとの自信につながらない。

プライドなんてクソの役にも立たないんだな。

でも仕方ない。

現実を変えられるのは本人だけだ。

現実を作り上げている考え方を変える。

僕もクソみたいなプライドをたくさん持っている。

たくさんの不足を感じているからだ。

不足に対して「なぜ?」と問いかけて出た答えに納得できることは、ほぼない。

なぜ?に答えを見つけても、それを理由にしていじける自分を肯定するだけだ。

大切なのは、「だったらどうしたい? どうなりたい?」という問いだろ。

持ってないからあきらめるっていうのが答えならグズグズ言わずにあきらめとけ。

今は持ってないけど必ず手に入れるっていうのならそこ目指して努力しろ。

持ってない分は別のもので補ってやるっていうなら新たな何かにチャレンジしろ。

「ここにはいたくないなぁ。でもここ以外に居場所はないしなぁ。でもこのままじゃあまずいってことはわかってるんだよなぁ。でもこの先どうしたらいいかわからないしなぁ」

ってバカか、てめえは。

右も左も自分で選べないなら家に帰って母ちゃんのおっぱいでも吸ってろ。

おろおろしててもはじまらない。

決断する意思持て。

その責任をとる勇気を手に入れろ。

決断と責任から逃れようとする奴はいつまでもクソにもならないプライドにしがみつき続けるしかなくなるぞ。

他人を羨む前に、自分の人生のどれだけのことを自分で決め、自分でケツを拭いてきたかを考えてみろ。

耐えて、忍んで、努力する。

その先に勝利がある。

バイトの誇り

今日もアルバイトをした。

商品のピッキング作業だ。

アルバイトのなかでは僕が一番仕事が確実で速い。

常に動き、止まらない。

何もしない時間を作らない。

次にすべきことは何かを常に考えている。

時給以上の仕事をするのは日本人として当然のことだ。

僕からしたらバイト先のおっさん、おばさんは時給に見合った働きをしていない。

時間つぶしの、時給どろぼうだ。

そういうやつらが今の不景気を生んだ。

僕が責任者だったらみな解雇する。

仕事をなめるなよ。

僕はバイトでも責任感をもって仕事をしている。

バイトだからこそ責任を持つ。

商品を間違わないように選び、箱に詰める。

それだけの作業に無駄とミスの多いことといったら。

遊びに来てるんじゃねえぞ、おっさん、おばさん。

こんな誰にでもできる仕事でミスを頻発しやがって。

恥ずかしくないのか。

こんな誰にでもできる仕事でミスばっかりして。

誰にでもできる仕事

誰にでも、できる、仕事。。。

44歳。働き盛り。

誰にでもできる仕事だとしても、従事する人間によってクオリティは変わってくるはずだ。

明日もアルバイトをかんばんるぞ。

社会にしっかり貢献だ。