自分で決め、自分で拭け
他人のことを羨んでばかりいる奴がいる。
他人にはあるが自分にはないものに目が行く。
僕から見れば羨んでる奴だって、充分過ぎるほど持っている。
「あんたも充分持ってるよ」と言ってあげたところで意味はない。
持っていないと本人が思っている以上、本人にとってはそれが現実だ。
じゃあ他人を羨んでいる奴がまったく自分に自信がないのかというとちょっと違う。
強烈なプライドも持っている。
ここだけは負けていないとアピールしてくる分野はある。
じゃあそこにすがって生きたらいいのに、それはできない。
足りない不満から生まれたプライドは簡単に裏返ってネガティブな面をさらけ出す。
ほんとの自信につながらない。
プライドなんてクソの役にも立たないんだな。
でも仕方ない。
現実を変えられるのは本人だけだ。
現実を作り上げている考え方を変える。
僕もクソみたいなプライドをたくさん持っている。
たくさんの不足を感じているからだ。
不足に対して「なぜ?」と問いかけて出た答えに納得できることは、ほぼない。
なぜ?に答えを見つけても、それを理由にしていじける自分を肯定するだけだ。
大切なのは、「だったらどうしたい? どうなりたい?」という問いだろ。
持ってないからあきらめるっていうのが答えならグズグズ言わずにあきらめとけ。
今は持ってないけど必ず手に入れるっていうのならそこ目指して努力しろ。
持ってない分は別のもので補ってやるっていうなら新たな何かにチャレンジしろ。
「ここにはいたくないなぁ。でもここ以外に居場所はないしなぁ。でもこのままじゃあまずいってことはわかってるんだよなぁ。でもこの先どうしたらいいかわからないしなぁ」
ってバカか、てめえは。
右も左も自分で選べないなら家に帰って母ちゃんのおっぱいでも吸ってろ。
おろおろしててもはじまらない。
決断する意思持て。
その責任をとる勇気を手に入れろ。
決断と責任から逃れようとする奴はいつまでもクソにもならないプライドにしがみつき続けるしかなくなるぞ。
他人を羨む前に、自分の人生のどれだけのことを自分で決め、自分でケツを拭いてきたかを考えてみろ。
耐えて、忍んで、努力する。
その先に勝利がある。